カテゴリ:開発について(経済開発/社会開発)( 7 )

ロバート・チェンバースの参加型ワークショップ

のりおです。


先日、ロバート・チェンバースの参加型ワークショップに行ってきました。
この方は開発業界、特に社会開発の分野にいる人なら皆名前を聞いたことがあるような先生で、
参加型開発手法を開発し、開発の現場に導入してきた大御所です。
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英語のwikipediaの方が研究内容に詳しいですし、ここからご本人の論文にも飛べるので英語で読む体力のあるかたはこちらからどうぞ。
参加型開発についての概要はこちらを。 本もたくさんあるのでアジ研の図書館ウェブサイトなどで検索してみてください。


さてチェンバース氏主催の参加型ワークショップはこれまで3回機会があったのですが、今回のものは前回の参加者が「今回のが一番目からうろこだった(*英語を意訳)」と評しているような、視点を変える方法を学ぶ機会だったと思います。

こちらがチェンバース氏、御年85歳。しかし元気。ワークショップは朝から夕方までぶっ通しなのですが、それを土日2回に分けて一人で開催・仕切りきるのですから、驚嘆です。

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今回のテーマは権力・立場関係について、また季節によって貧困具合が変わる場合の現実の捉えづらさについてのワークでした。
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細切れのワークが1時間ごと程度にいくつもあり、それにその都度作られたグループごとに取り組んでゆく感じです。

ワークショップの内容を学ぶだけでなくて、チェンバース先生のワークショップの仕切り方などからも学習せねばと思い先生を観察していました。
手法はかなりアナログで、電化製品は一切使いません。スライドを見せるときのみ唯一、透明のフィルムに文字や図が書かれたものを光を通して壁に写す機材で行っていました。(そしてわたしはその機材の名前がわからない)

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IDSとGlobal Studiesそれから教育学の方面からも、開発に関わる修士課程以上の学生が皆集う機会、いろいろな人に会えるのも面白かったです。IDSはサセックス大学の中にはありますが、それ自体は独立した研究機関で、学生も職務経験を持っている人がほとんど、政府からの派遣の人も多い大学院です。しかしそれ以外の学部では学部から上がってきている人も多いので、年齢層も多様でした。そんなメンバーが床に座り込んであーでもないこーでもないと紙をペンを手にワークをするのは、きっとオフィスなどでは難しいでしょう。参加型開発の手法はホワイトカラー(候補者)が仲間意識を高めるためにも有効でした。休憩時間にはコモンルームにコーヒーとビスケットが準備されており、これもきっと参加型ワークショップの仕掛けの一つなんではないか、、、と思っています。ちゃんと本を読んで見なければ。
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そんなこんなで、秋は更けていきます。
皆様お風邪など引かず、お元気でお過ごしください。




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by ideas_blog | 2017-10-29 10:21 | 開発について(経済開発/社会開発) | Trackback | Comments(0)

サセックス大学の開発学: セミナーがウェブ動画で配信されています

のりおです。
サセックス大学内にある研究、大学院教育機関IDSと、Global Studiesなど主催のセミナーシリーズがウェブ動画で配信されており、一般の方でもどのような発表が行われているのか覗き見ることができるので、お知らせに上がりました。

"Decolonising development (開発を脱植民地化する)" が今期のセミナーのテーマ。
めちゃめちゃざっくりというと、開発は基本的に先進国(第一世界/North)が途上国(第三世界/South)に向けて行うもの。その中で、植民地主義と同じような思想で開発を進めていませんか、と問うものです。以上だけだとあまりにも言葉足らずなのでwikiでも読んでみてください。
参考: 新植民地主義[wikipedia]


ちなみに、DecolonisationやPost-colonisationというのはIDSやGlobal Studies界隈でよく聞かれるキーワードです。

ご参考までに、こちらは、参加型開発で名高いロバート・チェンバース氏のワークショップで黒文字の「コンテキスト」を見て思いつくキーワードを書き出してゆくワークショップの作業用紙です。IDSでどのようなトピックがどのような立場で語られているかがなんとなく見えますね。
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初回のトピックはこちら。

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ヨーロッパ・北米そしてそれらの植民地の近代化とそれに伴う理論や学問分野の発展を概観するのですが、その中でいかに社会学・哲学・人類学が植民地主義の思考に偏っていたかという批判が趣旨でした。近代化と一概にいっても、そもそも何なのか、ということを改めて自分に問いかける機会となりました。multiple modernityという言葉、初めて聞きましたが、もはや近代化が西洋(またこうやって一絡げにするのも語弊がありますが)だけのものではない中で、あってしかるべき概念ですね。

さて、私の疲れた頭の絞り出すつたない感想よりも、実際の講演を聞くほうが良いかと思います。
セミナーは、FacebookでLIVE放映されていました。録画された映像はこちらにアップロードされているので後からでも視聴することができます。
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全部イギリス英語で、しかもプレゼン資料もないのでなかなか全部理解するのは大変かと思います。(わたしも全部は理解できていません。「講義」ではないので、オーディエンスがそれなりの知識を持っている前提で理論の名称や研究者の名前をバンバン出してくるので。ググりながら聞いてました。)
しかし前半はわかりやすいと思いますし、また最後の質疑応答は現代イギリスの"citizenship"について具体的に話していたりして特に面白いと思います。

追記: ブログとして講演の報告記事がまとめられています!http://www.ids.ac.uk/opinion/decolonising-our-minds



今後のこのセミナーシリーズの予定は以下の通りです。 私は次回のアンドレア・コーンウォール教授(Global StudiesのHeadです)のセミナーが非常に気になっているので彼女の論文など事前に読んでおこうと思います。
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おそらく次回もfacebook liveでの中継も行われると思うので、詳しくはIDSのウェブサイトかfacebook ページを覗いてみてください。
(ブライトンに来てから、イベントやコミュニケーションのツールとしてのfacebookの覇者っぷりをすごく感じています)

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では。





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by ideas_blog | 2017-10-27 02:17 | 開発について(経済開発/社会開発) | Trackback | Comments(0)

戦後1950年代の日本から学ぶ「社会開発」:生活改善普及員の事例

のりお@ペルーです。首都・リマが寒くて出かける気がしないので書きかけで放置されていたブログ記事を完成させてみました。...なにしに南米きたんだ、って感じですが。

イデアスでは、もう28期日本人研修生の授業が始まっているようですね!Facebook pageで拝見しました。
今期の研修生のみなさんが怒涛の一年、力をあわせて乗り越え成長されることを願っております。
暇があったらまた情報発信もよろしくお願い致します。.(^-^).


さて。
今回はIDEASの名物教授・佐藤寛先生の十八番授業(らしい)、外国人研修生たちも大いに引き込まれていた生活改良普及員について、です。

日本の発展から現行の開発援助を考えるのって、大事だと思います。なぜなら、日本は「途上国」から「先進国」になった国だから。そこから学べることは多いはずです。

たとえば1950年ごろの医療も栄養状態も向上する前の日本の平均寿命は約60歳でした。そこからの平均寿命の伸びで国の発展状況を見ることができます。日本の発展の中での経緯と取り組みを観察することは、今後の途上国開発にも示唆を与えてくれるはずです。

この、日本の発展が始まり、人々の生活が劇的に変化した時代に生活改善運動というものが始まりました。

1950年代から農村の生活を改善するためにできたのが「普及員派遣」の制度。これにより生活改良普及員(セイカイさん)が活躍し始めます。

生活改良普及員とは、

ーーーーーー
農業改良助長法(昭和23年法律165号)に基づき、農林漁業従事者の相談相手として、その生活関係の知識や技術の普及指導活動を行う専門技術者。全国485か所に設置されている地域農業改良普及センターに所属し、2000年(平成12)現在で一地域農業改良普及センターにおおむね3人、全国計で1296人が配置されている。身分は地方公務員である。なお、1991年(平成3)2月の国の運営方針において、「農業関係」と「生活関係」の普及指導活動の、より一体的な推進を図る観点から、農業改良普及員と生活改良普及員という呼称区分を廃止し、「改良普及員」とした。
生活関係の普及指導活動は、協同農業普及事業の一環として、生活に関する適切かつ実用的な知識や技術の普及指導を直接農家に接して行うもので、アメリカの農村社会で開発されてきた普及事業活動がモデルとされて出発した。普及員の活動分野は、衣・食・住をはじめとして家計管理や育児、保健衛生などの広範な分野にわたっているが、農村の生活が、近代化、都市化の波を受け大幅に変化している今日では、女性農業者の経営参画の促進や高齢化に対応した生活・営農環境の改善等の課題に取り組んでいる。
出典: kotobank

ーーーーー

生活改良普及員の特徴
第二次世界大戦後の日本は、GHQ による指導のもと、新しい農業普及制度(1948 年)の導入
とともに普及実践のパラダイムシフトに取り組んだ。戦中までのトップダウン型アプローチに
おいては農業技術の消極的な受け手であった農民を、「考える(主体性のある)農民」として育
成し、ボトムアップ型普及への転換を図ることが新制度の理念とされた。生改は「農家生活の
向上」と「考える農民の育成」という二つの目標を掲げ、農村女性を対象に活動する新規職種
として誕生した。初期の生改たちは現場活動の試行錯誤の積み上げから、「農家生活の向上」の
ための専門性を築き、「考える農民育成」のための手法を確立し、生改という職業とその支援体
制を徐々に整備していった。

出典: 太田(2004)

ーーーーー

男性は農業の生産向上などを請負い、女性のセイカイさんは、トレードマークの「緑の自転車」で、担当地域家庭を回ってかまど改善、キッチンカー(「栄養改善指導車」)を用いての栄養改善、農作業着の改善などを担当しました。
未亡人、地主の娘、教員などの当時の教養ある女性、また戦争で未亡人になってしまった人で勉強をしたい人がセイカイさんをしていたそう。







近年になって、JICAで、戦後日本の生活改善経験を掘り起こし、現在の農村開発に有用な示唆を与えることを目的とした「農村生活改善協力のあり方に関する研究会」というものが行われました。



そして、現行のJICAプロジェクトでこの生活改善運動の知識技術が生かされています。
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ちなみに、上記の資料をまとめた太田先生の授業も、イデアスでありました。佐藤寛先生のコーディネイトによるものです。
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興味ある!という方、以下の文献が詳しいです。インターネットから無料でダウンロードできます。
参考文献
太田美帆『生活改良普及員に学ぶファシリテーターのあり方 : 戦後 日本 の経験からの教訓』、JICA報告書PDF版、2004年。
水野正己・ 佐藤寛 編『開発と農村 —農村開発論再考— 』、ジェトロ・アジア経済研究所、2008年

こちらの資料では、佐藤寛先生が、当時のセイカイさんたちにインタビューを行っています。

これがなかなか現在の日本とはかけ離れていて、面白いです。
当時の高等女学校卒の女性の思考、生活、そして普及員としての活躍を知ることができるのも面白い。

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現行の途上国開発における生活改善運動については、以下をどうぞ。映像なので、文字で伝えきれない空気感がわかると思います。

JICA NET映像ライブラリー
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現在先進国となった日本の経験・教訓が、今後発展してゆく国々がより良い発展の仕方をするために活きるって素晴らしいし、自分もいつか貢献したい分野だな、と思います。


今回は、以上です。



とりあえずペルー名物セビッチェだけでも食べに出かけてきます。では。



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by ideas_blog | 2017-09-16 10:36 | 開発について(経済開発/社会開発) | Trackback | Comments(0)

終戦記念日に考える戦争と平和: 模擬原爆というものを知って

もうすぐ終戦記念日ですし、今日は一転して、第二次世界大戦について昨日はじめて知ったことを書きます。

先日、なぜか母にradikoアプリでのラジオ番組の録音方法を聞かれました。なんでそんなことを聞いたかというと、母の習いごとの先生がラジオに生出演したからそれを録音するため、だそうです。

その番組でのお話の話題は、「模擬原爆」。先生はその生き証人なんだとか。
録音を請け負って音声データを編集しがてら番組の内容を聞いてみたら、それはそれは、中々つらいお話でした。


8/6の広島、8/9の長崎の原爆投下前に、アメリカ軍ははじめて原爆を落とすための「練習」を50回近く行いました。長崎に落としたプルトニウム爆弾と同じ大きさで、中身だけ普通の爆弾であるのが、その時使われた「模擬原爆」。英語でいうと "パンプキン爆弾"です。(広島は little boy、長崎は fat man。なんで原爆って拍子抜けするくらい無害っぽい名前がつけられるんだろうか)[https://ja.wikipedia.org/wiki/パンプキン爆弾]
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模擬爆弾投下は、日本が降伏する8/15の一日前まで行われていたといいます。広島長崎の予行練習、だけではなかったようですね。

ちなみに世界的(というか連合国側的?)には第二次世界大戦の終結は9/2。日本の終戦記念日はちょっと違いますね。
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ラジオに出演されていた龍野繁子さんは御年92歳。小学校時代に満州事変、それから日中戦争、教師になってから第二次世界大戦と、若い時代を戦争だらけで生き抜いてこられた方です。大阪に模擬爆弾が落とされたのは7/26。軍需工場の近くでした。当時中学校の教師であった龍野さんは、学徒動員のためボタン工場に生徒たちと滞在していました。模擬原爆の炸裂により自分と生徒が居た部屋の隣に、料亭の庭石が飛んできたことをはじめとする戦時中の体験は、これまで口に出して語ることもできず、ずっと黙っていたといいます。

けれども、20年前に模擬原爆のことが春日井の市民グループを中心に明らかにされ始め、その生き証人として口を開くことを決意し、今は依頼があればすべて断らずに足を運んで話すそうです。「物言えば唇寒し」の戦時中、疑問を口にだすことも、また疑問を抱くことも許されないような状況を、省みられていました。

この番組のradikoでの公開期間はもう終わってしまったのですが、
ラジオとだいたい同じ内容のYahooの転送記事が2年前に出ているのを見つけました。

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こちらを一読し、終戦記念日にだけでも、原爆と一連の空襲で一旦焼き尽くされた国の子孫として何ができるかを考えるのもいいかもしれません。

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by ideas_blog | 2017-08-14 09:40 | 開発について(経済開発/社会開発) | Trackback | Comments(0)

開発協力大綱を読む

こんにちは。MEJIKARAです。真夏日が続いていますが、いかがお過ごしでしょうか。

開発協力大綱を精読し、他のイデアス生とディスカッションしてみました。最新の開発協力大綱は平成27年(2015年)に出ているものですが、最初のODA大綱は、平成4年にでています。約20年間もの歴史があるということですね。

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平成4年度版と平成27年度を比べてみると色々面白いことがわかります。分量もだいぶ変わっていますが、中身も変わっています。ODAの原資は国民の税金であることから、国民の理解を得るための努力が必要と記載されており、その内容が平成27年度版では、色濃く反映されているような書き方になっていると思います。



この20年間で、開発の中で民間の果たす役割が変わってきたということもわかります。ビジネスを通じた開発やNGOの果たす役割も注目されているということだと思います。ビジネスを通じた開発は良い側面だけでなく負の側面もあるので、どのように今後規制を図っていくのが鍵になると思いました。

ODA大綱は日本の国際援助へのスタンスと方向性を表すものなので、是非みなさんも一度読んでみてくださいね!







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by ideas_blog | 2017-07-28 12:43 | 開発について(経済開発/社会開発)

旅行記:香港の住環境

こんにちは。MEJIKARAです。

つい先日、香港に旅行に行ってきました。香港といえば、英国から返還されて今年で20年ですね。香港の高度な自治(中国の法律が適用されない等々)の期限が今年なわけで、今後の動向に注目が集まっています。

人生で初の香港訪問だったのですが、高層ビルの多さにびっくりしました。商業施設だけでなく、住宅用の高層ビルもかなり多くあったと思います。香港の場合、都市の大きさは横に伸ばせないので、縦に伸びたのでしょうか。古めのマンションのよう建物が、町の中にたくさん見受けられました。近年中国本土からの富裕層が香港でマンション等を買う傾向があり、値段が高騰しているそうです。その影響もあって公営住宅にも人が殺到しており、公営住宅を購入する場合は抽選なんだとか。

インターネットで調べてみたら、下記のようなデータが出てきました。面白いことに、香港の人口密度と東京の人口密度はあまり変わらないんですね。

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香港の人口: 718万人
香港の人口密度: 6,850人/km^2

東京の人口: 1,300万人
東京の人口密度: 6,223人/km^2
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さらにもう少し調べてみると、香港は山林地が多く実際に人が住める地域は非常に限られているため、そこに多くの人が集中し、住居が高層マンションの形態となっていることが分かりました。高層マンションといってもピンからキリまであるようで、非常に美しいデザインの新しい建物もあれば、かなり古めの建物もあり、様々な住宅があるようです。なお、今回の旅行の中では一軒家は、ほとんど見かけませんでした。


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     (旅行中にとった写真:九龍駅近くの高層マンション)

今回の旅をとおして、標準的な香港の人や香港の中でも相対的に貧しい人々が、どのようなところに住み、どのような生活を送っているのか、ものすごく気になりました。

      (旅行中にとった写真:香港島 Causeway Bay)

今まで私は香港に対して、経済的に著しい発展を遂げた素晴らしい地域、というイメージを勝手に持っていました。しかし今回の旅でイメージ通りではない光景も見て、急速な成長の裏で起こる経済格差の問題や住環境を含めた問題について、香港ではどのような対策や社会政策がとられているのだろうかということに興味がわきました。また、住宅というのは、おそらく人間が一日で最も長い時間を過ごす場所なので、住宅問題について調べてみる・考えてみるのも非常に意義があると思います。

印象をざっと書き上げたので、読みにくいところがあるかもしれませんが、私の感じたことが伝わっていれば幸いです。
最後まで読んでくださりありがとうございました。

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 (旅行中にとった写真:香港島の金融街)

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by ideas_blog | 2017-04-15 10:57 | 開発について(経済開発/社会開発) | Trackback | Comments(0)

情緒と構造的な視点、暖かい心と冷静な頭脳

のりおですこんばんは。

夜中のテンションで書いちゃいますが、さっきツイッターで#Idlibタグをみて、凹んでいます。(*シリアの化学兵器テロの起こった地名。72名ほどがなくなったという現地報道があります。日本のメディアでは決して流されない写真がざくざくでてくるので、「閲覧注意」です。)

今現在地球上でこんなことが起こっているなんて、自分の日常と乖離しすぎていて、また辛い。関連して調べた紛争地ダルフールやイエメンの現状も散々なもので、こういうものをみて落ち込むのはむしろ日常生活を送るのに邪魔なんじゃないかと思ってしまうほどです。

わたしは、開発の業界に意見が届きにくい少数民族や山間地域の声も汲み取れるようになろうと、修士過程で開発人類学をやろうと思っています。一方、物事を合理的に分析したり構造からとらえるのはなかなか苦手です。

自分に関係ないところで起こっていることも、ニュースを見ると辛いと思える感性を持っていて良かった、自分は恵まれていると感じます。共感や想像力は、身近なところから広がって世の中を少し良くすると思っているからです。そしてその結果、自分の環境を良くすることにつながって、自分の幸せに結びつく。

でもこの辛さを、物事を能動的に変えようとするための原動力にするには努力がいるとも思っていて。『「自分には何かができる」と思う』鍛錬、が。さもないと、ヘタレで打ちのめされやすいわたしは、すぐ目をそむけてしまうし、精神力が持たないと、組織に飛び込んでも結局迷惑をかけてしまうと思うのです。
自分に何かができると思えるには、日々の勉学と思考を鍛えるしかないのですよね、多分...。(あと、筋トレ、かな...)

本が友達というくらい文学少女だったわたしは、共感力だけ超敏感に発達させて育ってしまいました。それで、しばらく「嫌なことばかり起きる世界で生きるの、つらい...」と世の中の出来事に目を背けることに必死になっていましたが、この年になってイデアスにきて経済学や統計学を学んで、社会の総合的な傾向、人々の合理的な判断を分析することの重要さを学びました。そうしたら少しは情緒を差し置いて冷静な判断ができるようになった気がします。情緒ゼロだったらもちろん問答無用でダメなんですけど、逆に情緒に自分全体を翻弄されて、ずっと落ち込んでいても何も始まらないじゃないですか。

さっきシリアの現状をツイッター見たとき、「ただただ世の中の不条理なニュースみても凹むばかりなので、ちゃんと政治経済学やら地政学も今後勉強せねば」と思いました。
感情を受け止めて、冷静に次やることを考えて動くのって大事だけど結構難しい。
でも、そのバランスが取れているってことは、一番の武器になるんじゃないかなと思うのです。
まだまだ途上ですが、そういう人間性に、少しずつにじり寄ってると信じたい。
自分の知っているひと知らないひと、皆にもっと幸せになってほしいし、わたしの幸せもこの先も続いたらいいと思う。そのための仕事をしたい。

誰かが言っていました。"Warm heart, cool head"って。
ほんと、何するにしても、これに尽きるんじゃないかな。

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(*ちなみに"Warm heart, cool head"は経済学者ケインズの師であるマーシャルの言葉が元だという説が有力:のりお調べ)


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by ideas_blog | 2017-04-07 02:53 | 開発について(経済開発/社会開発) | Trackback | Comments(0)

国際協力/途上国開発の専門家を養成するアジア経済研究所開発スクール(IDEAS/イデアス)27期日本人研修生(2016-2017)の生活を綴ったブログです。授業の様子や大学院・進路・奨学金情報をお届けします。IDEASの公式ホームページはこちら(http://www.ide.go.jp/Japanese/Ideas )海浜幕張駅から徒歩10分、見学も可能です。


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